メンヘラ的なメンタリティとぼく
こんにちは、永川俊文です。
(メンタル捻じ曲がってる人の画像)
今日は人間性についての記事です。
一般に言うところの""メンヘラ""の様な精神性・僕自身の独りよがりなエゴを含むため、嫌悪感ある方はこれ以上読むことをオススメしません。
今回はメンヘラについて屁理屈もこねながら自分なりに考えていきたいと思います。
なぜこんな記事を書く気になったかというと、昨日自分について内向していた際に「俺もメンヘラなんだろうなあ」という思いに至ったからです。
そもそもメンヘラとはなんなんでしょうか?
僕は「相手と仲良くなりたいという思いが過剰に強く、時としてその思いの実現の為にその相手に負担をかけることもある精神性」であると捉えています。
あくまで僕の主観なので、これを読んで頂いている皆様方とはことなる認識が異なっている可能性があるのも分かります。
あくまでこれを書いているのは僕のエゴです。他の方の主義・思想・思考・人間性等を否定しようという思いは微塵もありません。
そもそも全て私に跳ね返っている点も否定しません。
この記事を備忘録的に自分の内省にも繋げるつもりです。
少なくとも僕自身にメンヘラ的要素が出た要因は、前述の「相手と仲良くなりたいという思いが過剰に強い」という部分に起因すると考えています。
この要素の問題点はどこにあるのでしょうか?
①相手との距離を一気に詰めようとする傾向がある。
この点については「一気に」という点に問題があると考えています。
僕は多くの場合人と仲良くなるには、「知り合う→世間話をする→共感できるところを見つける→仲良くなる」という段階があると考えています。
一気に仲良くなろうとして起こりがち(僕も時として失敗しがち)なのは、この世間話をするというステップでのミスです。
共感できるところをたくさん見つけようとするあまり、過剰に世間話をしてしまい、結果としてお互いに疲れてしまうという悲しい結果につながります。
②特定個人と必要以上に深く仲良くなろうとする傾向がある。
この点については、仲良くなって(接点をもって)日が浅いにも関わらず(そもそも会ったことが無いにも関わらず)、
やたらと必要以上に絡みに行くことで実質的に相手に対応を強いて、疲れさせてしまうことに問題があると考えています。
「中・長期的に関わっていくことを意識するからこそ、あえて関わらない局面もあるのかあ」と今現在の僕は難しいなあと思い、思考がショートしています()
この二つの問題点を多少なりとも改善するべく僕は、複数の方(なるべく多くの方)と同時に関わっていくというのが良いのではないかと考えています。
同時に色々な方と集団でお話しすることで、自分ばかりが過剰に話しすぎるという状況を作りづらくなると思います。
聞く立場に回りやすい状況を生み出すことで、相手のことを知れるというのもなかなか楽しいよなあ…
さらに関わる相手を増やすことにより、特定個人に絡みにいきすぎた結果、相手を疲れさせてしまうということも起こりにくくなります。
(この記事を書いた後、僕からあまり絡みにいかなくなったのだとしたら僕なりの配慮なので他意は無いです笑)
こんな偉そうなことゴタゴタ述べてますが僕もメンヘラというやつだと思ってますよ。メンヘラ馬鹿にする人いますが、僕同様にメンヘラ的気質を持ってる方も割といると思ってます(主観)
対策とかすごくフワーっとしてる抽象論に過ぎませんしね。
「あーあ、友達100人ほしいなあ。どうすりゃいいんだ…」とか思いながら適当に書きました、駄文失礼しました。